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東京高等裁判所 昭和35年(ネ)1876号 判決

控訴人(原告) 全国消費者団体連絡会 外一名

被控訴人(被告) 国・公正取引委員会

訴訟代理人 青木義人 外四名

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人等の負担とする。

事実

控訴人全国消費者団体連絡会(以下単に消団連と略称する)及び同日本生活協同組合連合会訴訟代理人は「原判決を取消す。(一)被控訴人国との関係において被控訴人公正取引委員会が新聞購読料一斉値上事件につき昭和三十四年八月十三日附でなした審判手続に付さない旨の決定が無効であることを確認する。(二)被控訴人公正取引委員会が新聞購読料一斉値上事件につき昭和三十四年八月十三日附でなした審判手続に付さない旨の決定を取消す。(三)訴訟費用は第一、二審共被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴人等指定代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上並びに法律上の主張は控訴人等訴訟代理人において「(一)被控訴人公正取引委員会の指定代理人石井幸一の訴訟代理権行使に関する異議を撤回する。(二)本訴において取消または無効確認を求める決定は、控訴人等被害者の無過失損害賠償請求権の行使(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律第二五条及び第二六条参照)に直接影響を及ぼす行政処分であり、抗告訴訟もしくは無効確認訴訟の対象たり得るものであることを主張するものであるが、その理由の詳細は別紙昭和三十五年十一月八日附準備書面記載のとおりである。」と述べ、被控訴人等指定代理人において、右主張に対する反論として別紙昭和三十六年一月三十日附準備書面記載のとおり陳述した外は、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

理由

控訴人消団連は昭和三十四年四月七日原判決添附の別表記載の事業者らが同年四月または五月を期して同表記載のとおり行つた新聞購読料の一齊値上につき私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下単に独禁法または単に法と略称する)第三条に違反する事実があるとして、被控訴人公正取引委員会(以下単に公取委と略称する)に対しその事実を報告し、適当な措置をとるべきことを求めたこと、被控訴人公取委は審査官をして調査に当らしめ、その報告を審査した結果、独禁法違反の疑がないと認めて同年八月十三日右案件を審判手続に付さない旨決定したことは当事者間争がない。

控訴人等は本訴において右決定の取消し、または無効確認を求めているのであるから、先ずかかる訴の適否について審按する。思うに行政事件訴訟特例法が広く行政庁の違法処分に対し取消変更を求める訴の提起を認めているのは、行政庁の処分が国民の権利義務に直接に関係し、違法な処分が国民の具体的な権益を害することがあるからであり、従つて行政庁の行為であつても性質上かような効力をもたない行為は、右特例法にいわゆる行政庁の処分にあたらないと解すべきである。

ところで本件において(一)前示事実を報告した控訴人消団連は、独禁法第四五条にもとずき被控訴人公取委に対して違反行為につき適当な措置をとることを求める請求権を有するとして、前示審判手続不開始決定によつてこの権利が侵害されたといい、或は(二)控訴人等はいずれも消費者として前記新聞購読料一齊値上の違法行為により損害を蒙つたが、若し審判手続に付さないことになれば、損害賠償に関する独禁法第二五条及び第二六条の適用を受ける機会を奪われ、それは審判不開始決定に伴う法律上の不利益であるから、結局被害者として右決定により具体的な権利利益を侵害されたものであつて、これが無効確認或は取消を訴求する法律上の利益があると主張するのである。

しかしながら(一)独禁法第四十五条第一項によれば「何人もこの法律の規定に違反する事実があると思料するときは、公正取引委員会に対し、その事実を報告し、適当な措置をとるべきことを求めることができる。」と定めているが、右は公取委の審査手続開始の職権発動を促す端緒に関する規定であると解すべきで、右報告によつては公取委に同法条第二項の調査義務を負わせるにとどまり、報告者に審判手続の開始を求める等適当な措置をとることを要求する具体的な請求権を附与したものと解せられない、このことは元来公取委の付審判及び審決の制度はあくまで公益の立場から独禁法違反に対する排除措置をとるための制度であつて、国民の個々の権利を保護するための制度でないこと、さればこそ同法条第三項において職権を以て違反事実に対して措置をとることを立前とし、審判手続の開始は公取委が「事件を審判に付することが、公共の利益に適合すると認めるとき」に行われることとし、(法第四九条)、殊に法第四五条第一項の報告者には当然には審判手続に関与し得る手続的地位が認められていないことなどの点からも窺える。尤も公正取引委員会の審査及び審判に関する規則第一九条によれば、公取委が違反とならない旨の決定をしたときは、法第四五条第一項の報告者にその旨を通知することができると定めているが、これは公取委の裁量によつて報告者に通知することができるものとした便宜規定であつて、必ずしも通知を要するものでもなく、もとより報告者の権利義務に影響があるところから設けられた規定でないことは明らかであるから、かかる規定の存することは、報告者に審判開始等適当な措置をとることを求める具体的請求権を認めた根拠となすことはできない。

(二)次に審判に付されないことにより被害者は損害賠償に関する法第二五条及び第二六条の適用を受ける機会を奪われることになるけれども、もともと独禁法の審判制度は公益的立場から同法違反の状態を排除することを主眼とし、国民個々の私権を保護することを目的とするものでなく、法第二六条第一項において独禁法違反の行為があると認める審決の確定に第二五条の損害賠償請求権に関する法的効果を付与しているのは、これによつて間接に独禁法違反防止の目的を達成せんとする政策に出でたものであつて、右の効果は審判の確定に対し法が附随的に認めた効果に過ぎず、これは審判の確定に伴つて生ずる反射的利益に外ならないというべきであるから、たとえ審判手続に付されない結果被害者において法第二五条による無過失損害賠償請求権を裁判上行使し得ないことになつてもこれを以て被害者個々の具体的権利利益が侵害されたものということはできない。

これを要するに本件の審判手続に付さない旨の決定は何等控訴人等の具体的な権利利益を侵害するものとはいえず、従つて冒頭に説示のとおり、行政事件訴訟特例法によつてその取消変更を求め、或は無効確認を求める訴の対象となるべき行政処分に該当しないから、控訴人等の本件訴は不適法として却下を免れない。

よつて結局以上と同旨に帰した原判決を相当とし、民事訴訟法第三八四条に則り、本件各控訴を棄却し、控訴費用の負担につき同法第九十五条、第八十九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木禎次郎 坂本謁夫 中村匡三)

(別紙)

控訴人等訴訟代理人提出の昭和三十五年十一月八日附準備書面

原判決は法令の解釈適用をあやまつたものであり、到底取消を免れない。

一、原判決もいう如く「独禁法第二六条第一項、同第二五条によると、私的独占、不当な取引制限又は不公正な取引方法によつて損害を受けた被害者の当該事業者に対する無過失損害賠償請求権は、同法の規定にもとずく審決が確定した後でなければ裁判上これを主張することができないと規定されており……調査の結果公正取引委員会が審判手続を開始しないことを決定した場合には(被害者は)右請求権を行使しえないこととなるわけである。」

ところで言うまでもないが無過失損害賠償請求権とは、客観的に加害者の故意もしくは過失の存する場合であつても、被害者にその主張、立証の責を負わしめることのない請求権であると同時に、客観的に加害者の故意過失がない場合にもその所為等と被害との間に相当の因果関係があれば損害を賠償せしめうる請求権を意味している。

それ故これを民法第七〇九条所定の損害賠償請求権と比較するならば、前者の場合は単に裁判上の負担を免れるという利益、換言すれば訴訟法上の利益がある点に差異が存するに止まるが後者の場合にはこれと全く別個独立の権利であることを意味するのである。

従つて「(独禁法違反の)行為が民法上の不法行為に該当するときは、たとえ審決がなくとも被害者が民法第七〇九条の規定にもとずく損害賠償請求権を裁判上主張することはなんら妨げられない」ことは勿論であるが、加害者の故意、過失の立証が著しく困難である場合(実際にはさような場合が独禁法違反事件においてはかなり多いと思われる。そもそも無過失損害賠償請求権が法定されたのもその故に外ならないであろう)は、審判が行われないことにより立証責任を免れるという法律上の利益が奪われることによつて、被害者が民法上の請求権を行使することは事実上不可能とされるに等しいし、ましてや独禁法違反者に故意、過失なく、民法上の不法行為に該当しないケースにおいては、にも拘らず損害を被つた被害者は、審判が行われないことによつて、真向からその賠償請求権を害されることになるのである。

かようにして被控訴人公正取引委員会の審判不開始決定は、控訴人等被害者の右に述べた権利乃至法律上の利益に、直接的な影響を及ぼすものであることは明らかである。

二、ところで右審判不開始決定は単なる被告委員会の内部的意思決定にすぎないからたとえそれが具体的権利関係に変動を及ぼすことがあつても、いまだ行政処分と言うことを得ずこれに対して抗告訴訟等を提起して争うことはできないとする考えがあるかもしれない。

しかしながら行政処分は、それが直接関係人民にあてられた法律行為(もしくは準法律行為)であつて、かつ直接的な告知が予定されている典型的な場合でなくとも、関係人民の具体的権利関係に影響を及ぼすものであり、相当の方法をもつて予知せしめられるときは、形式は単なる内部意思の決定等であつても行政処分として抗告訴訟等の対象とされうるのである。

地方議会の内部的な意思決定にすぎず、地方公共団体の長の執行をまつて始めて行政処分たりうる議決であつても、議員の懲罰議決等は抗告訴訟の対象となるとされ(最高裁、昭和二六年四月二八日判決、民集五巻五号三三六頁、同昭和二七年一二月四日判決、行政裁判例集三巻一一号二三三五頁)、告示その他の一般処分であつても、同時にそれが特定人の権利義務に直接かゝわるときは同じく抗告訴訟の対象とされ(神戸地裁昭和二五年一一月八日判決例集一巻一号一五七三頁等)、官庁間の行為――例えば知事が町農地委員会にあてた農地賃貸借解約不承認の指令の如きも、関係農地に対する行政処分とみなされ(岡山地裁昭和二四年二月七日判決、行政裁判月報二二号一頁、新潟地裁昭和二四年二月一一日判決、月報一五号六五頁、福島地裁昭和二四年六月一日判決、月報二一号一二六頁等)、更には条例制定の如き立法行為であつても、同様にして関係住民に対する行政処分として争われうるとされる如きである(盛岡地裁昭和三一年一〇月一五日判決、例集七巻一〇号二四四三頁、行政裁判所明治四二年二月二二日判決、行録二〇輯三六三頁)本件審判不開始決定の場合、形式的には単なる被告委員会の内部的意思の決定にすぎないが、それは直接的に原告等被害者の権利乃至法律上の利益に影響を及ぼすものであること既述の如くであり、しかも右決定は、公正取引委員会の審査及び審判に関する規則第一九条によつて違反事実の申告者に通知されるべく予定されており、また被告委員会において、この法律の適正な運用を図るために必要な事項は一般に公表できる制度となつており(独禁法第四三条)制度的にも被害者等に予知せしめられるようになつているのであるから、充分に行政処分として抗告訴訟等の対象たりうると言わなければならない。

三、以上述べたところから明らかなとおり本件決定は原告等被害者の無過失損害賠償請求権の行使に直接影響を及ぼす行政処分であり、抗告訴訟もしくは無効確認訴訟の対象たりうるものであるところ、原判決はこの点の判断を誤つて「独禁法によると民法によるとで被害者はその救済に難易はあるがたまたま独禁法の無過失賠償が与えられないとしても、元来固有の民法上の損害賠償請求権には消長はないのであり、……報告者あるいは第三者の具体的権利義務に直接影響を及ぼすようなものではないから、行政事件訴訟特例法にもとずく抗告訴訟あるいは無効確認訴訟の対象たる行政処分には該当しない」と判示したものであり、結局において同法第一条等の解釈適用を誤つた違法があるので、取消を免れないのである。

(別紙)

被控訴人等指定代理人提出の昭和三十六年一月三十日附準備書面

被控訴人公正取引委員会(以下公取委という。)の本件審判不開始決定は行政訴訟の対象となるべき行政処分ではない。

一、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下独占禁止法または法という。)第七条、第八条の二、第一七条の二及び第二〇条は、事業者等に独占禁止法違反の行為があるときは、公取委は第八章第二節に規定する手続に従い、事業者等に対しいわゆる排除措置を命ずることができる旨定めている。すなわちこの排除措置を命ずる行為は事業者等に一定の作為の義務を課す一の行政処分であるが、排除措置が事業者等の経済活動等の自由に影響するところが大きいところから、法は特にそれを命ずるには審判手続を経由することとして慎重を期しているのである。ところで審判開始決定はこの審判手続を開始するために公取委が行うもので、これによつて審判係属の効果が生じ違反行為をしているものとみられる事業者等を被審人としての手続上の立場に置くことになるが、それはあくまで公取委が自ら審判手続を開始することを明らかにするための一の宣言とみるべきものである。かくして開始された審判手続の結末は公取委が違反の有無を審決によつて判定することによつて行われるのであつて、いわば審判開始決定の当否は公取委自らの審決によつてのみ判断さるべき性質のもので、これを抗告訴訟の対象として出訴が許さるべきものでないことは多くいうをまたないであろう。かようなわけで法が抗告訴訟を認めているのは開始された審判手続の結果なされる審決に対してのみであることは当然であり(法第七七条参照)、このことは審決をもつて排除措置を命じたときに初めて事業者等の権利義務に法律上の効果を生ずるに至るに過ぎないことからも首肯し得るところである。かように審判開始決定は抗告訴訟の対象たる行政処分でないことは明らかであると思うが、これと裏腹の関係にある審判不開始決定も同様に行政処分といわるべき性質のものではない。けだし審判不開始決定は単に事件を審判に付さないというだけのことであつて、それは審判開始決定の如く審判係属の効果が生ずるものでさえないばかりでなく、関係者に違反行為がないことの法関係を確定する効果をも持たず、つまり何人の権利義務にも影響を及ぼすものではないからである。しかも審判不開始決定は審判開始決定が公取委が審判を開始するために必要とされる手続的宣言たる性質をもつのとも異り、それは公取委の内部的意思決定たるにとどまる。公正取引委員会の審査及び審判に関する規則第一九条によれば、公取委が違反とならない旨の決定をしたときは、法第四五条第一項の報告者にその旨を通知することができると定めているが、これは単に右の審判に付さないことにした旨を報告者に通知するだけの意味をもつにすぎず、しかも必らず通知しなければならないものでもなく、全くの便宜規定であつて、報告者の権利義務に影響があるところから設けられた規定ではない。

二、また本件審判不開始決定をもつて法第四五条第一項の報告者に対する拒否処分と解することもできない。同条同項は、「何人も、この法律の規定に違反する事実があると思料するときは、公正取引委員会に対し、その事実を報告し、適当な措置をとるべきことを求めることができる。」と定めているが、これは公取委の職権発動を促がす端ちよに関する規定であつて(公正取引委員会の審査及び審判に関する規則第九条参照)、それはせいぜい公取委に法第四五条第二項の調査義務を課するにとゞまり、国民一般に公取委に対して審判の開始を求める等適当な措置をとることを求める具体的請求権を認めたものではない。それそも独占禁止法の目的は法第一条に明かなように、私的独占、不当な取引制限及び不公正な取引方法を禁止し、一切の事業活動の不当な拘束を排除することによつて、公正な自由競争を促進し、もつて一般消費者の利益の確保と国民経済の民主化を図ることにあり、従つて公取委の付審判及び審決の制度はあくまで公益の立場から独占禁止法違反に対する排除措置をとるための制度であつて、国民の私権保護のための制度ではない。だからこそ、公取委は職権をもつて違反事実に対して措置をとることを建前とし(法第四五条第三項)、また審判手続の開始は公取委が事件を審判に付することが公共の利益に適合すると認めるとき」に行われ(法第四九条)、また審判手続においては総てについて職権主義が支配しているのである。殊に法第四五条第一項の報告者には当然には審判手続に関与し得る手続的地位は認められていないことを注目すべきである。けだし、もし審判開始を請求し得る権利を与えられているとすると、その者に当該審判手続への関与が保障されるのがその筋合というべきだからである。しかも法第四五条第一項は前記のように違反行為による被害者たると否とを問わず広く国民一般を対象とした規定である。従つてこれらの点を勘案すると、法第四五条第一項は前に述べたように公取委の職権発動を促がす端ちよに関する規定と理解すべきものであつて公取委に対する請求権を認めたものと解さるべきでないことは明らかであるというべきである。そうだとすれば法第四五条第一項による報告に基づいて調査した結果、公取委が審判に付さない旨の決定をしたからといつて、それをもつて報告者に対する拒否処分をしたものとみることはできない。その意味において、地方公務員法第四六条による地方公務員の人事委員会または公平委員会に対する措置要求を人事委員会または公平委員会が拒否した行為をもつて行政処分と解する判例(東京高裁昭和三三年(ネ)第二、八二五号、同三四年八月三一日第五民事部判決、高裁例集第十二巻第七号三〇五頁)の趣旨は本件の場合にあてはまらない。

三、控訴人らは、審判に付されないことにより被害者は損害賠償に関する法第二五条及び第二六条の適用を受ける機会を奪われ、それは審判不開始決定に伴う法律上の不利益であるから、その意味において右決定は行政処分であると主張されるようであるが、独占禁止法の審判制度はさきに述べたように、公益的立場から独占禁止法違反状態を排除することを主眼とするものであつて、国民の私権保護を目的とするものではない。ただ法第二六条は独占禁止法違反の行為があると認める審決の確定に第二五条の損害賠償請求権に関する法的効果を付与しているが、それは間接に独占禁止法違反防止の目的を達しようとの政策に出るものであり、従つて右法的効果を付与したことは右の審判制度における趣旨目的を変更するものではない。換言すれば賠償請求権に関する右の効果は審判の確定に対し法が附随的に認めた効果にすぎず、それは審判の確定に伴つて生ずる反射的利益に外ならないのである。従つてその損害賠償請求権に影響があるからといつて、本来他の目的のためになされる審判についての不開始決定をもつて行政処分と解さるべきものではない。

控訴人らは、行政処分は、それが直接関係人民にあてられた法律行為(もしくは準法律行為)であつて、かつ直接的な告知が予定されている典型的な場合でなくとも、関係人民の具体的権利関係に影響を及ぼすものであり、相当の方法をもつて予知せしめられるときは、形式は単なる内部意思の決定等であつても行政処分として抗告訴訟の対象とされうるのであるとして、種々判例を挙げておられるが、右に述べたように、法第二五条、第二六条の損害賠償請求権は審決の確定に伴つて生ずる反射的利益にすぎず、審決確定前に国民の有する具体的権利ではない以上、本件審判不開始決定は前記の理由により行政処分といい得ないものであるから、挙示の判例はいずれも本件の場合に適切ではないといわなければならない。

四、独占禁止法は、公取委の審決に対しこれを不服とする者が東京高等裁判所にその取消または変更の訴を提起することを認めているが(法第七七条、八五条)、その審決については公取委の審判開始決定に基づいて開始される慎重な審判手続を要求し、審決において公取委が認定した事実は裁判所をも拘束することとしている(法第八〇条)。ところが公取委の審判不開始決定に対し通常の抗告訴訟―それは東京高等裁判所の専属管轄ともならない―が許され、裁判所が独占禁止法違反の有無を判断して判決でこれを取り消すものとすれば、公取委はこれに拘束されて審判開始決定をせざるをえないことになり、そしてその審判においても独占禁止法違反の事実の有無について先になされる右の判決を事実上無視できない立場におかれることになる。それは審判制度の基本構造を害するものであるばかりでなく、特殊の智識経験と独占禁止政策の考慮を必要とするため、公取委―東京高裁の系列で独禁法の解釈運用をなさしめんとする同法の趣旨に反するものといわなければならない。そうだとすれば、審判不開始決定に対して行政訴訟を許すべきではないのであつて、この点からしても本件審判不開始決定をもつて行政訴訟の対象となるべき行政処分と解すべきではない。

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